投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索<OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ ] [ 検索 ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR] アルバイト在宅 旅行ギフト券 香川の求人・転職 食堂山口県 海外旅行保険
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

全85件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 

ぎゃははは

 投稿者:ayako  投稿日:2004年 5月30日(日)12時53分22秒
  仕事に必要な資料集めから
某サイトへ入ってしまい
その後まうさんの意見みて爆笑でした

学生さん
熱くなる部分間違っているんじゃぁ無いですか・・と

仕事して十年以上経ち熱いままの
私も変わっているのかもしれないけれど

今の
学生さん
怖い・・・
どんな大人になるのやら。

 

ご指摘

 投稿者:むひ  投稿日:2004年 5月26日(水)20時02分31秒
  横山様、ご指摘ありがとうございました。
 

お邪魔しますぅ

 投稿者:うりりん  投稿日:2004年 5月25日(火)20時29分17秒
   はじめまして。
いろんなリンクを辿っているうちにコチラのサイトに辿り着きました。
トップの版画のようなかわいい絵が素敵です。(^-^)
ところで・・・ ちょっと気になったのですが
それは 「女性のデリケートな〜」のことです。
私も一応女性なので、最近になってやっと例のCMの意味がわかってきたのですが
女性のデリケートな部分のかゆみは、い○きんたむしである確率は
極めて低いようです。
(って、初めてなのに なんてこと書いているんでしょう。汗 許して下さい)
男性もそうでしょうけれど、女性もパンツに隠れている部分というのは皮膚が薄く、
通気性が悪いし、分泌物などでもかぶれやすいのだそうです。
特に女性は湿疹である場合が多く、市販のいん○んたむし用の薬を素人判断で塗って
かえってとんでもないことになるというケースが少なくないそうです。
男性もけっこう湿疹の場合があるそうです。
ちなみにフェミニー○な軟膏では、いんき○たむしは治せません。(^^;
なんにしても素人判断は(・A・)イクナイということでしょうね。

 まだ途中なので、ゆっくり続きを読ませて頂きますね。
読んでいて楽しいです。

お邪魔しました。



 

Re: はて。&恐い人ね。。

 投稿者:横山 雅俊  投稿日:2004年 5月22日(土)02時15分54秒
  >むひさん
 失礼ですが、そのお答え方では、誤解や反感を増幅してしまうと思います。
>
> 失礼ですが、あなたのほうが余程怖い人に思いますよ。
>
・・・という一言だけでは、売り言葉に買い言葉で終わってしまいます。“笑われることで気づけない、自分を客観視できない”学生さんを「笑う」資格を失ってしまいますよ。
 もう少し、相手の心情を理解するご努力をなさってみては?
 序でに言うと、厳しいかも知れないが、“動物実験については「慈悲に満ちた動物愛護の精神」よりも「科学技術の恩恵を受けるイチ人間として肯定せざるを得ない状況」が勝ります”を“動物愛護の精神に対する軽蔑や、動物などの生命に対する軽視”と誤解されないように注意深く説明する努力を、プロの教師としてもっとやっていただきたいものだと思います。
#むひさんが動物愛護論者一般に軽蔑の念を持っているか否かに関係なく、です。

>17歳さん
 こんにちは。
 自分の感情に素直であるのは、大切なことです。
 ただ、相手の感情に関しても、少しは考えてみていただきたいのです。
 そして、「感情論だけで良いのか?」についても、是非考えていただければと思います。
>
> 動物に何の感情も持ってないように思えます。
>
・・・というのは、どこを指してのコメントなのでしょうか?
 そのことに関する 17 歳さんの読み方をまずはご説明いただければと思います。
#単なる通りすがりの書き捨てだとしたら、淋しいことですが。
 

はて。

 投稿者:むひ  投稿日:2004年 5月21日(金)19時39分43秒
  失礼ですが、あなたのほうが余程怖い人に思いますよ。
よく考えましたか?不快だと感じたことは仕方ないけれど、
まず人間に対する気持ちや行動のコントロールを勉強されてはいかがでしょう。
人間も社会的動物ですからね。
 

怖い人ね。。

 投稿者:17歳  投稿日:2004年 5月21日(金)18時08分38秒
  動物に何の感情も持ってないように思えます。
自分たち人間のことしか考えられないか?
きれい事言うようですが、
その時に感じた感情は大切だと思う。
うまくいえないけど。
あなたの日記か何かの掲載文は他の命を大切にするという感情を踏みにじってますよ。
そういう人が教師なんて私はいや。
人を教える立場には居てほしくない。。。
 

感想文

 投稿者:むひ  投稿日:2004年 4月14日(水)14時39分11秒
  普段から極論に至りがちな私の視点からの感想は、
「国語って大事ね」

まず、動物実験については「慈悲に満ちた動物愛護の精神」よりも
「科学技術の恩恵を受けるイチ人間として肯定せざるを得ない状況」が勝ります。
もしも、科学がなくて実験がなくてヒトが今まで生き残ってきたのなら、
桃源郷のようですね。みな聖人。
これからだって動物の実験なく医療が発達することはないでしょう。
動物実験はヒトが生きるために必要なことのうちのひとつだと思います。

次に「実験の本質を知らないこと・分からないこと」自体が笑い話になるのは、当然でしょうね。
物事にはいろんな側面があります。割れた水晶玉を表現するなら、滑らかなところと鋭利なところの
どちらかだけを取り上げるでしょうか。全体を掴まないで「丸い」と表現したも同然の
一側面しか見ていない人の意見が笑われるのは仕方ないです。

最後に、このまうりんさんは動物実験で扱われる命をなんら軽んじてはいませんよ。
教師の立場から「命を軽んじていると勘違いしている学生」を笑っているだけです。
笑われることで気づけない、自分を客観視できない、、、となると、
その学生は憤ったりするんでしょうね。「命は大事なのに!」とかって。
国語の理解力は大事です。


 

個人的な意見ですが

 投稿者:hlfm  投稿日:2004年 4月 8日(木)22時07分47秒
 
あらかじめ断りますが、(まうりんさんはご存じの通りですが)私の考え方は多少
偏っていると思いますが、こう考える人間もいるということで書き込みます。

動物であれ植物であれ無生物であれ実験というのは何かしら、作為者たる人間が「犠牲」を
強いているものと考えています。
科学的な実験とは、物事に対して仮説を立てその実証し、その正当性を示すために行うものですから。
いわば実験を行うものの知的好奇心探求のエゴだと思っています。

とはいうものの、キリスト教の言葉で「原罪」という言葉がありますが私は実験もまた人間の原罪
のうちにあるものではないかとも思っています。

そう考えると自分は「動物実験」という言葉から連想するものは、「かわいそう」
等の感情論でもなければ、「必要悪」というものでもなく、人の人たる故の本質
だと感じてしまいます。
それ故、自分がそういった「実験」に向かうこととなったとき考えるのは、
いかにそれを「無駄にしないか」、「畏怖を持って扱うか」ということだけです。

目の前で動くから、声を発するから、血がでるから・・・。そんな理由で
なにをか考えることはないですね。はい。
偉そうなことを書きますが、
「実験の対象が無生物であればなにをか感じられますでしょうか?」

> 人工飼育であったハムスター

すいません攻撃するつもりではないですが、この言葉に違和感は感じませんでしょうか?
私は違和感を覚えます。

> ハモの実験
個人的にこのあとハモをちゃんと食べたのなら気にはしませんが、無駄に死なせたり
したのであれば問題かと思います。

私は動物に限らず「実験」を笑い話にするのは問題かと思いますが、
「実験の本質を知らないこと」自体が笑い話になるのは、
「そらわらわれるわな」と感じる次第です。


*原罪:生まれながらに負う性・業といえるかなぁ。
キリスト教なんて言葉を出しましたが私は無神論者です。
 

Re^2: 動物実験

 投稿者:横山 雅俊  投稿日:2004年 4月 7日(水)22時49分22秒
  >うつみさん
 普通、動物を用いた実験には、取り組むべき問題なり明らかにすべき命題なりがあって、それを解決する目的で行われる手段として実験をやるものです。

 参考までに、「所さんの目がテン」でのハモの実験に関して説明しておきます。
 京都の夏の風物詩であるハモ。内陸である京都に、その昔どうやって運んだのか? そして、それが何故ハモだったのか?(ハモ以外の魚は、夏の京都では食えなかったのか?) それがそもそもの問題意識です。
 さて、魚を食用にするには、新鮮なままで魚を運ばなければなりません。普通、夏だったら、江戸時代みたいな交通手段の(現代と比較すれば)未発達な時代には、陸路、人が担いで運ぶしかありませんでした。それが可能だったのがハモだとすれば、少なくともその運搬に耐えるような生理的な性質を、ハモが持っていることが考えられます(実際、水槽に入れて人が魚を担いで運ぶのは至難の業で、新鮮なまま桶に入れて運ぶのが関の山でしょう)。
 そこで、そのためにはハモが水のない環境で長時間生き永らえることが、そうした食生活を支える“科学的根拠”として考えられ、実際そうであるかどうかを生きたハモを用いて検証したというわけです。
 結果は、予想通り、24 時間水のない環境でハモを放ったらかしにした後、海水に放つと、そのハモは元気に泳ぎだしました。と言うわけで、仮説の検証が出来たということになるわけです。

 研究室の中、及び室内外での人口的環境における動物を用いた実験たるもの、およそこのようにして、何らかの科学的な問題意識に則って行われるものなのです。決して、どこぞの俗悪バラエティーのごとくに、生きた動物をもてあそんで楽しむというものではありません(#率直に申し上げて、そんなものと我々の問題意識を一緒くたにされるのは、大迷惑です)。
 僕も、動物を用いた実験を通じて、重要な科学的問題(と自分では思っており、その問題意識は多くの専門家とも非専門家とも共有しているつもり)に取り組む一人(使っているのはナメクジ)ですが、別に殺したり弄くったりするのを楽しんでいるわけではありません。むしろ、食事の時に我々が「頂きます」や「ごちそうさま」を言うがごとく、有り難く動物の命を頂戴しつつも、それを無駄にしないように研鑽を積んでいるつもりです。仏教の思想にやや似ていますが、僕が「動物実験は必要悪だ」というのは、こういうことです。
#これを答案にして、まうりんさんに見てもらっても、合格点が取れるとはちょっと思えませんけどネ。

 それでも、およそ動物実験というものは、果たして、おしなべて“命を扱う実験なのに意味のない、見た人々にとって何の必要性もない内容”なのでしょうか? 胸に手を当てて、良くお考えになることをお奨めしておきます。
 

笑い

 投稿者:まうりん  投稿日:2004年 4月 7日(水)09時17分24秒
  うつみさんはじめまして。
笑いにするとお怒りになられる方がいらっしゃるかもしれませんが、笑いとは笑う側のみでなく笑われる側があるわけです。
コンテンツの中で、私が笑いの対象にしている学生。彼自身は自分が何故笑われるのかがわからない。実際の指導の場面では笑われるのではなく、説教されるわけですが。
説教も笑いも、される側にその理由がわからない場合が多いという共通点があります。
でも、笑われることにより「何かわからないけど、この行動は常識的ではないみたいだ」と考え始めるわけですよね。

小論文の題目で、地球規模の食糧問題を扱ったものがありますよね。
わたしはきれいごとを書いてきた生徒にはつきかえします。
「今、目の前に一年に一度しか鶏肉を食べない人がいるとする。その人に『食糧問題大変だから植物食にしなきゃね』といえるものなら、言ってみろ。きみは言えるよね?」
きれいごとには何か嘘くさいものがあるということ、それをわからない生活なんていくらでもあるんです。
きれいごとさえ言えない人はもちろん論外でしょうけど、きれいごとには嘘があって、その軽薄さが笑い(失笑)を誘う。
そういうひとがあまりに多いから、怒ると私自身がやりきれないので、笑いに包んで、相手に見せる。
 

以上は、新着順31番目から40番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
/9 


[PR]