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「第18回 歩人21 写真展」催開催

 投稿者:健康です。  投稿日:2018年 1月18日(木)13時47分38秒
      「第18回 歩人21 写真展」催開催

   開催期間  平成30年2月7日---2月13日

   場  所    ギャラリー西利 3階

    テーマー作品  今年のテーマー

        「街並み」または「形」を主題に1点。

      NHK文化センター京都教室の写真クラブの歩人21メンバーです。

     写真の先生は、溝縁ひろし先生です。

      四条通り祇園神社から西へ数メートル行った西利漬け物店の3階で
      開催される予定です。
 
 

健康の好きな歌です。

 投稿者:健康です。  投稿日:2018年 1月 5日(金)13時12分4秒
            おやじの海

  (ヨイショヨイショ ヨイショヨイショ)
  海はヨー  海はヨー
  でっかい海はヨー
  俺を育てた おやじの海だ
  沖で苦労の シラガもふえて
  汐のにおいが はだ身にしみた
  そんなおやじが いとおしい
  (ヨイショヨイショ ヨイショヨイショ)

  今はヨー 今はヨー
  静かな海もヨー
  一度荒れたら 岩をも砕く
  しぶきたちこめ 打ち寄す波に
  右にてぐすを 左でろこぎ
  つらい漁師に たえてきた
(ヨイショヨイショ ヨイショ ヨイショ)

 空のヨー 空のヨー
 人道雲がヨー
 どこか似ている おやじの顔に
 つらいときには 入道雲を
 じっとにらんで おやじの苦労
 想い出しては たえて行く
 (ヨイショヨイショ ヨイショ ヨイショ)
 

音楽を「書く」

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年12月14日(木)12時06分42秒
     2017、12 vol.7    音楽を「書く」

新人記者として4月末に京都に着任してから、早くも7カ月が過ぎました。低血圧     ぎみで冷え性の私は、人生初の京の冬を本格的に迎える前から、すでに朝晩の冷え込
 みの厳しさに驚かされています。  一方、秋といえば「芸術の秋」。この数力月で何度 か演劇や音楽の取材の機会に恵まれました。その中でも印象に残っているの。が、中高 生の合唱コンクールの取材です。

全日本合唱コンクールでは、府立酉城陽高校がみごと 金賞を受賞しました。能に発想 を得たという独特の発声法で、難解な現代音楽を巧みに 表現。松尾芭蕉の俳句をお経のように朗々と歌い上げるさまは迫力十分でした。低い声 で「シーーー」と風の音を表現したかと思えば、突然高音で叫び出突然高音で叫び出すなど、その圧巻のパフォーマンスに客席もあっけにとられていたのをよく覚えています。私は「あの感動をどうにか伝えたい」と記者室に戻ってから何度も原稿を書き直きました。しかし、どんな曲だったのかと想像を導くことは出来ても、言葉で音楽を完全に再現することは出来ません。 例えば「スピード感あふれる演奏」「透明感のある歌声」といった表現をよく見かけます。「分かるようで分からない」。読者の皆様もそう感じられたことがあるのでは?

音楽を「書く」ことの難しさを日々実感しています。ではいったい、記事で伝えられるのは何か。それは舞台の裏に秘められた「ドラマ」なのかもしれません。本番に至るまでに乗り越えてきた困難や、曲に込められた思い。スポーツのように目に見える形で勝のドラマがありました。それをどれほど記事に盛り込めただろうか。30~50行ほどの記事の中で何を伝えるべきだったのか。自分の記事を読み返すと、どこか物足りなさを覚えます。正解はまだまだ見つかりそうにありません。次の秋を迎えるまでに、じっくり考えてみたいと思います。

  (朝日新聞京都総局 西田理人)










 

フォークルはしだのりひこさん死去

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年12月 9日(土)13時38分24秒
    京都新聞 2017年 平成29年 12月3日 日曜日

 フォークルはしだのりひこさん死去

 京都フォー・クを黎明期から支えた歌手で、ヒット曲「風」「花嫁」などを作曲したはしだ
のりひこ(本名端田宣彦)さんが2日午前1時16分、パーキンソン病のため、京都市内の病院
で死去した。72歳。京都市出身。自宅は非公表。告別式は6日正午から、京都市伏見区深草
下横縄町25のセレマ稲荷シティホールで。喪主は長男篤人(あつひと)氏。

 同志社(在学中に音楽活動を始め、きたやまおさむ(北山修)さんや故加藤和彦さん
 らが結成したフォークグループ「ザ、フォークークルセダーズ」に、1967年 に参加。
同年「帰って来たヨッパライ」がヒットした。68年、自らのグループ「はしだのりひこと
ジューヘルツ」を結成。「人は誰もただ一人旅に出て-の歌い出しで知られるきたやまさん
作詞の「風」が大ヒットした。同クループ解散後、「はしだのりひことクライマックス」
を設立し、「花嫁」のヒットでNHK紅白歌合戦にも出場した。

  「京都フォークーデイズーライフ」と銘打った公演で、往年のヒット曲「風」を熱唱する
  はしだのりひこさん(4月23日、京都市上京区のKBSホール)

 盟友ライブ最後の熱唱 今春 きたやまおさむさんと

 はしださんは進行性の大病を患い、長らく舞台から遠ざかっていたが、盟友きたやまお さむさんの要請に応じる形で今年4月、「京都フォークー デイズーライブ」と銘打っ た公演に、サプライズゲストとして出演した。当日まで出演できるか分からない体調だ ったが、ファンの前に車いす姿で登場。元気にあいさつした後、往年の仲間らと名曲「風」 を熱唱し、この日一番の盛り上がりとなった。親族によると、最後のライフになったと いう。(斎藤英之)

 本当にお疲れさま  きたやまおさむさんは次のようにコメントを寄せた。あの歌詞の 通り過去が「ただ風が吹いているだけ」になって、寂しい。長い闘跼生活だったが、ノ リちゃん、本当にお疲れさま。あなたは素睛らしいメロディーメイカーだった。良い曲 をありがとう。
 

今、コーラスで練習している曲です。

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年11月29日(水)08時25分20秒
              セルビアの春祭り

(1)  かがやく    はるのひかり    はなさきとりなき   わかばはそよぐ

     さあ  まつりだまつりだ   セビリアのー はるまつり

       サンセバンスチャンの おおどおり    はるのはなでうめつくそう

       フランメンコいしょう  きかざーつて ばしゃもはなわで かざります

     しろいまち  あかしろの ぼんぼんつけて にぎやかに  おどろう


  (2)  かがやく   はるのひかり   はなさきとりなき   わかばはそよぐ

          さあ  まつりだまつりだ   セビリアのー はるまつり

          サンセバンスチャンの おおどおり   はるのはなでうめつくそう

          フランメンコギター   かきならし    みんななかよく

          わになって   ひかりみちる   セビリアのー

         フェリアのまつり   にぎやかに   (さあ かねならそう )

         ならそう   (よろこびのうた)     うたおう

     よろこびのかね よろこびのうた よろこびの おどり

     セビリアのー はるまつり
 

彦根城に行きました。

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年11月26日(日)16時24分58秒
  彦根城の写真です。  

今 コーラスで練習している歌です。

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年11月26日(日)09時18分24秒
    鴉

 おだの うすらい わりふ            小田 薄い氷 破る

   すみわたる おおそどり からす          澄み渉る 大きな鳥 鴉

   くびふり かたを はり                  首振り 肩を張り

    あうらつめたげに ついばむ             足の裏つめたげに ついばむ

   ひょう ひょうとしてー                  ひょう ひょうとしてー

   おおそどり からす                       大きな鳥 鴉

 

日吉温泉に来ました!

 投稿者:BIN  投稿日:2017年11月 6日(月)13時01分28秒
  自転車で日吉温泉まで来ました!
昼飯食べたので、これから温泉入って、帰ります!
 

写真を撮りに行きました。

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年11月 4日(土)12時50分12秒
  姫路に行きました。お城を見に行きました。  

大谷さんは「仏教とキリスト教の対話-共通善を求めて」の題で話した。

 投稿者:健康です。  投稿日:2017年11月 1日(水)12時49分7秒
   2015年に開設された同大の「良心学研究センター」が主催する連続公開シンポジウム
  で23日、大谷さんは「仏教とキリスト教の対話-共通善を求めて」の題で話した。

 大谷さんは、同宗の宗祖親鸞の子孫で本願寺派第24代門主。2014年に退任し、現在は「前門」と呼ばれる。講演では、異なる宗教、宗派間の対話の意義を「誤解に基づく争いを少なくしていくということ」とし、「違いは、良い悪い、程度が高い低いという議論では収まらない。役割の違いだ」と話した。そのうえで宗教思想が大きく異なったとしても「共通の目的が持てれば、自分の宗教に基づきながらも協力できる可能性がある」と述べた。

 同センター長の小原克博さん(51)は、戦国時代の「キリシタン大名」が神社仏閣の破壊を進めたことや、フランシスコ・ザビエルら初期のカトリック宣教師が日本の仏教や宗教を「偶像崇拝の宗教」と捉えていたことを指摘し、さらに明治初期の欧米のプロテスタント宣教師もこうした仏教観を変えていなかったと説明。「新島襄が腰を抜かす」という表現は、これらの歴史を踏まえてのことだったという。

 同志社が設立されたのは、明治政府が1873(明治6)年に「キリシタン禁止」の高札を撤去したばかりのころで、当時の京都の僧侶や仏教徒は強く反対した。センター研究員の沖田行司・社会学部教授(69)は「日本を代表する仏教教団を率いた前門様が礼拝堂で話すのは、142年の同志社の歴史で画期的なこと」と興奮気味に話した。

【 2017年10月29日 23時09分 】
Tweet  ニュース写真同志社礼拝堂で話す浄土真宗本願寺派の前門主大谷光真さん
(23日、京都市上京区・同志社大)
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