葉言の杜
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共存共栄時代
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月23日(土)22時29分19秒
以前の投稿に「フォードとGM」の逆転を取り上げていました。
「フォード主義」つまり大量生産により従業者の所得水準が上がりそれが大量消費に向き経済が発展する方程式とそれに対して「GM主義(スローン主義)」はモデルチェンジや製品の多様化を図り時代性や消費動向にマッチさせるマーケティング主体の方程式へ完全に移行した事を物語っているわけです。
これはあらゆる経済活動の場に於いて当てはまる事だと思います。
例えば農業に於いても同様の転換が今求められています。
異論はあるかも知れませんが、これまでの農業を要約すれば”農水省のマニュアルに従って適地適作と第三者に言われた品目を生産し、それを農協(市場)に持ち込めば、だれにどのように売られるかなんて事はお構いなし。価格にもマーケットにも関知しなくても生産技術に長けていれば”有能な農家”でいられたのだと思います。
これは言うまでも無く国の保護政策に立脚していたからこそ許された世界であり、系統出荷団体、大規模生産団体による先の「フォード主義」的志向が前提だったわけです。
しかしこれからはその幻想を捨て去り、GM主義型つまり本来の日本の農業スタイル・優位性、資本・技術集約的農業で商品の確固たる差別化を図り、それを完結させる手段として中間流通(ロジスティクス)と消費者まで取り込んだ一貫システムを構築する事が必要に迫られていると考えます。
これは小売りの場面でも全く同じであり、ダイエーの失敗を挙げるまでも無く、今後「フォード主義」的、大手量販スタイルが主役の座から引きづり降ろされる事になるでしょう。
花屋としてもいつまでも後退するスタイルに呼応するのではなく、独自性を打ち出して進まねばなりません。
先般、大手量販の店長がこんな事を言ってました。(当社が入店しているSCのキーテナント)
「このSCに入居している当社は、全国でも特異な位置付けである。当社標準では既に基本的には年間無休であり営業時間も10時〜21時となっている。しかし、当店は店休日が7日間、閉店が20時となってる。これを直ちにSCとして是正して欲しい。また新規出店した競合店は21時までの営業であり、当店閉店後の客を着実に取り込んでいる。憂慮する事態である。」と・・・。
確かに一見正論なのですが、はたしてそうなのかなと考えてしまいます。
これも根底にフォード主義的ベクトルが存在してしまうからではないかと思うのです。
私としてはむしろ逆でそろそろ大手量販も営業時間短縮に向いた業態への転換が近々必要になるような気がします。ほとんどの大手量販では「パート依存」が高く、そのローテーションにより年間無休・長時間営業が可能になっているとは思いますが、「マニュアル主義」で切り貼りした「スタッフ」構成の中には「創造性」が芽生えないような気がするのです。
そうならば「店休日をしっかり設けて」必要最小限の専従的スタッフ構成にし、各々のゆとりの中で「消費者」としての目を養い自社にフィードバックさせるような体系が求められるのではないかと推測します。従業員も実は消費者である事を忘れていないでしょうか?
しかし、再編の嵐に巻き込まれている大手量販がここまでに到達するのには時間が掛かると思います。その間隙を突いて実行できる優位性が実は我々零細企業にはあるわけで、質的変革は気持ちの切り替え次第でいかようにも出来る時代が到来し、それこそが共存共栄型の生き残り手段だと気がつく時なのだと感じています。
先の「すずらん産地化とONタイム販売戦略」はその具体的な形だと思います。
もう生産団体や流通団体で「消費拡大策」を論じるステージは過去の物だと感じます。
今後、単なる製品輸出では構造的に世界に対抗できないわけですから、生産から販売までの一貫システムをスキルアップして、その技術・モデリングを国外に向けて輸出するしか方法が無いと思います。そのモデルに組み込まれた商品(生産物に価値を加えた物)であれば、優位性がしばらくの間保たれるものと感じています。
その為にも川上から川下と表現される「分断」された流れを自ら断ち、「誰もが主役であり脇役である」体系を各々の自己責任の上で、築いて行く必要があるでしょう。
賛成!
投稿者:
GEN
投稿日:2002年 2月23日(土)18時06分41秒
僕は、飼料・畜産・食品(肉とか卵)が専門です。
今、日本で生産されている肉や卵は、各国の貿易障壁・農業政策・動植物の伝染病問題のせいもあって、ほぼ100%国内消費にまわされます。つまり、この分野では 輸入自由化がすすむ外国産品との競争&縮小してゆく市場を相手にしなければなりません。
もう10数年前の学生時分から考えてはいるのですが、商売も拡大再生産だけを目指すよりも、ある種の諦めをもって「小さい」市場で「共存」してゆけないかなと。
もう一度、畜産の話に戻ると、日本で卵を生む鶏や、肉になる牛・豚、ミルクを出す牛の大半はアメリカ産のトウモロコシ主体の飼料を食べています。しかし、堆肥になってトウモロコシの栄養に還元すべき家畜の糞尿は、国内で処分しなければなりません。非常にアンバランスです。ナショナリズムとかレーシズムとかとは無関係な形での「何か」を形作らねばいけないのだろうと思いますが、具体的な解決策を得るには...
必然的還元型社会へ
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月22日(金)23時27分48秒
再び少子化の問題。
2006年にピークを迎える日本の人口。
それに先立ち1995年には生産人口がピークアウトし既に減少に転じている。
そしていみじくも95年にこれまで潜在的に優位だったGDP経済成長率が日米間で逆転してしまった年でもあります。
2000年の生産人口は日本の8600万人に対し米国が18700万人。
それが2020年には日本で7450万人(▲13.8%)米国で22400万人(+20%)となるようです。
つまり今後日本では年率1.15%づつ減少して行き米国では1.66%づつ増加して行くわけです。
これは何を示すかと言えば、経済、国力が”相当革新的な何か”が無い限り、米国そして欧州に劣後する事を決定付けられてしまったわけです。
経済成長率は一人当たりの労働生産性の伸び率と就業者数の和で表されます。
仮に今後、日米間の生労働産性が同率で2%づつ伸びるとします。
すると日本の場合、2-1.15=0.85%、米国の場合2+1.66=3.66%となるわけです。
どうもこれまでの経済政策は根本的な上述の状況を無視してきてしまった嫌いがあります。
これまであの手この手と12年間やってきた経済政策に欠落していた事が、この単純な算数だったのではないかと感じる今日この頃です。
今現在の日本の平均労働賃金に見合う生産性を考えた時には後700万人が余剰だというデータもあります。
つまり決して後ろ向きに捉える事は無いにせよ、この国内で商売なり製造なりして行く上では、この規定的な先行きを前提にしたものにする必要がある事だけは念頭に置く必要があるでしょう。
そしてその中で生き残り続ける為には、一方向で消滅してしまう流れではなく、還流する仕組みが必然的となる事が判ると思います。
これは即ち、ある意味、米国型資本主義とパラレルに伸張してきた仕組みとの決別であり、それが出来ない限り、国力の衰退を”遅くする”手立てはないものと考えます。
酸化と還元
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月22日(金)14時52分7秒
酸化型社会、経済がいよいよ終わろうとしている。上手く還元型へ移行できるかが鍵なのだ。
現在、社会も経済も一見、錆び切って(酸化し切って)いるように思えるが、実は「直前で、錆び切る事を阻止してしまっている(先送り)事」が問題なのだ。
錆び切って(完全酸化)しまえば、そこから還元が始まるのに、その手前つまり活性酸素が過剰のピークに達しているところに蓋をしてしまっている。「臭い物には蓋をしろ」です。
蓋をしてしまうとその中で有害なガスが充満する。
それが例えば体なら皮膚を破ってそこからそれを出そうとする。そしてその部分がアトピーなどアレルギーになってしまう。これはオゾン層の破壊も同じ事なのです。
経済もそう。ここでどんな形にせよ「錆び切らせて」しまう事が「再生(還元)」への近道なのだけど、それを無理やり止めて来たこの10年は「有害」を蓄積してきてしまった。
それが今、日本の基盤を内側から侵食して外に出ようとしている。
仏教の地。京都。
「酸化と還元」即ち「色即是空と空即是色」。
本来日本の社会、文化はそこに根ざしていたものだったはずだけど、明治以降、資本主義を取り入れてから「酸化」一辺倒に突き進んでしまった結果が今日なのだと思う。
なるほど。その手もありか。
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月20日(水)17時26分2秒
地元のトップシェアの銀行。
一昨日、普通預金金利を0.01%から一挙に0.002%に引き下げた。
財務状態も全国上位に属する為、ペイオフ解禁を前に、不理解な預金者の一時的引き揚げもあるかも知れないが、むしろ他行からの受け入れのほうが多いはず。
で、既存定期性預金者が普通預金への移動を押さえ、また、新規預け入れ者に対しては”安全性”を前面に押し出し”定期性預金”へ誘導する。
それに加え、恐らく普通預金の利息減額分を大口預金者の金利上乗せ要求に当てるんじゃないかな?
まあ、そんな事よりいよいよ再び戦争の匂いがプンプンしてきましたね。
注目の田中VS鈴木。その答弁を聞いてても取り分け目新しい物も無く、セレモニー色が強かったけど、その中でも真紀子女史の口から思わず出てしまった「小泉も抵抗勢力に取り込まれた」発言は、ある意味核心を突いてると思う。
つまり「抵抗勢力」とは「何に対して抵抗している勢力」なのかと言う事。
表面的には「面目を潰される族議員一団」のようだけど、その実は多分「もうアメリカの言いなりにはならないぞ!」と主張する勢力の事なんじゃないだろうか?
アフガン戦争があまりにあっけなく終わってしまったアメリカ経済にとっては、ちゃんとした”中東戦争”が必要だし、エンロン問題の深刻化を回避するためにも国民の視線を無理やり変えなければならない。
今回のアジア3国歴訪でもお供に連れてきた面々を見てもそれは明らかで、「そろそろ始めるから宜しく。」と言いに来ただけだろう。
そこら辺のところは、今日の米韓会談でも露骨に表れている。
まあ、メインは訪中だからどんなカードで言い包めるかが最大のポイントでしょう。
それにしても・・・。
慌てない資産家達
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月19日(火)18時25分24秒
ペイオフを控え、戦々恐々としてきた。
預貯金比率が異常に高い我国。とりわけ個人にとってはバブル期の土地神話の崩壊に次ぐ非常にインパトのある出来事である。持てる者持てぬ者問わずにこの金融不安は平静ではいられない状況が迫ってきている。
実際、現在の日本経済の状況は”異常”であり”前代未聞”であり”未知との遭遇”である。
かつての世界恐慌を引き合いに出す事が多いが、全く別物だと捉えたほうが良いだろう。
1930年頃の基幹産業は”農業”だった。しかし、今は違う。
その進化し進歩したはずの経済がボロボロになっている訳で、どんなに偉い経済学者でさえ経験はおろかその的確な対応についての答えを持っていないことが非常に恐い。
どんな事が起こるにせよその事実は後々の世界にとっては前例として糧となるだろうけど、それにモロに巻き込まれる我々はたまったものではない。
このような状況下、右往左往している小国民とは異なり、いわゆる資産家はあまり慌ててない。
めちゃくちゃな政策を打ち出しさらなる混乱を招きいれている”商売上手な政治屋”さんや”破格な慰労金を手に天下り更に法外な退職金を手に入れた官僚”さんや”大企業のオーナー一族”さんや”内情に精通している金融業者”さんたちは慌てていない。
実はある意味国も慌てていない。
それは何故か?金を保有しているから?外貨預金してるから?資産を分散しているから?
勿論それもあるのだろうけど、それよりも彼らはちゃんと資産の”逃避先”を持っているからに他ならない。いわゆるオフシュア勘定ってやつです。裏の金融流通に逃がしているだけなのです。
例えば同じドル立て定期預金でも日本国内で設定されている利率とオフシュアセンターで設定されている利率は全く違う。しかも利息に課税されない場合もある。
実際世界中でどの位の規模のオフシュア勘定が存在するかは明確なところは判らないが、世界中の金持たちの資金量の約60%近くを占めていると言う話もある。
国会議員の個人資産公開の中には当然表れない。
また、国も相当な金額のヘソクリをこのオフシュア勘定で蓄積している事も考えられる。
つい先日東京三菱銀行が中心となって富裕層向けのプライベートバンキングサービスをする会社を5月に立ち上げる事が報道された。
この流れを見ても、確実に資産形成・保全の在り方が変わってきたし、いよいよビック版の総仕上げとして”ペイオフを活用した”銀行の再編最終段階に入ったと言える。
多分残るのは先の東の東京三菱と西の三井住友の二強に集約されるではないだろうか?
少々驚いた。
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月19日(火)11時48分53秒
↓を書いた当日。つまり昨日、テレビで”教育”についての番組がふたつあってたまたま観た。
ひとつは「たけしのテレビタックル」ともうひとつはケーブルテレビ局でやっていたもの。
「たけしの・・」では、現役の先生を招いて↓で話題にした完全週休2日を軸に日本学校教育の崩壊が論じられていた。大学を含めた「学力の低下」が今後日本の国力に深刻な影響を及ぼす事などを織り交ぜた内容でもあった。
もう一方は「大道芸人もやる数学者」(名前忘れた)をメインゲストにした教育の在り方についてのトーク番組だった。
印象的だったのは「創造力は確固たる基礎知識のベースがあってこそ生まれる」と言う話。
と「甲子園野球」のような「学力コンテスト」のようなものがあってもいいのではないかと言う指摘。「褒める事、自信をつける事」の大切さを訴えていた。
アジア諸国30数国の内で、学力ランキングが30位近いと聞くと本当に先行きが心配になってくる。
少子高齢化の問題。取り分け高齢化社会への対応が主として論じられているけれど、前項でも触れたようにその社会を支えて行く”少子”への取り組みの方が大事なのではないかと考える。
人口ピラミッドの推計など見る機会があると思うけど50年後と言う直ぐ近い将来の人口分布を見ると本当に尋常でない。
外圧に振り回され、世界の枠組みに取り込まれることも良いけど、もっと自国の将来のファンダメンタルについてしっかりとしたグランドデザインを描かないと、近視眼的な経済的状況以上に民族として国家としての存亡が危ぶまれてしまう。
障害物破壊競争
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月18日(月)14時26分12秒
今に始まった事ではないけど、米国主催の”障害物破壊競争”に加担させられている我国。
オリンピック開催期間中にもかかわらず”藪”大統領が日韓中への異例の歴訪。
またまた中東・アジアで”勃発させる”米国大手企業がスポンサーとなる”破壊競争”に無理やり協賛させられる。
今回もまた”脅しすかして”無理難題を各国に迫るのだろうね。
大蔵大臣の更迭、同時期の韓国閣僚の更迭。これも全て米国の強いたレール上の出来事。
今回は日本経済の状況が認識していたより酷い状況を憂慮してお灸を据える為に日本にも立ち寄らなければならなかったけど、目的は中国”圧力”外交しかない。
取り合えず盗聴問題などで揺さぶりを掛けといての訪中は流石だと思うな。
現在の中国にとっては軍事的プレゼンスよりも米国などの輸出相手国との経済的な立場の方が脅威なのだ。
携帯電話の加盟数が世界一になった中国。例えば米国が通信衛星の使用を”反故にするぞ”と圧力をかけたらどうなるか、と言う事なのだ。
その目的は資本主義・自由主義のメッカ米国。その一握りの富裕層の利権を守る為に・・・・。
自由の国、アメリカなんてのは幻想。確かにスポーツ選手やアーチストなど生い立ち境遇に関係なく破格の金銭的成功や名誉を与えられる人々が居るけど、そうでない人々が圧倒的多数を占める歪な垂直型国家である事に変わりない。
一方、我国は”社会主義”国家色が益々強まっており、かつてのソ連のように”崩壊”が差し迫っている。利害の調整役である官僚が主導を握っているような国家に明日があるわけがない。
近年、教育の場で学歴社会をベースにした無個性・均質化による国民統制が計られ、曲げられた価値観・世界観を埋め込まれてしまった。
テレビに映る北朝鮮のあの一糸乱れぬ国民によるマスゲーム。
あの不気味さと実は我々の社会も大差ないのではないかとさえ思えてくる。
4月からは小中学校、完全週休2日制となる。
「より社会と接し、幅のある人間形成に役立つ。」みたいなアナウンスがされているけど、実態は「教育崩壊」あるいは「教育放棄」だ。事なかれ主義でより無責任な場としての「学校」となる。
本来、受け手として「義務教育」である以上、そこには「権利」が存在し、与える側には「責任」が存在すべきなのだが、そのバランスが崩れようとしている。
企業神話・大学神話・出世神話が崩れ、このままでは糸が切れた凧のように教育の方向感が無くなってしまう恐れがある。
これからの時代を生き抜く子供たちは今よりも更に歪な社会の構成要員として、支えて行かなければならないのに、このままでは思いやられる。
「長い物には巻かれない」体勢にしないと本当に「狂損主義」社会に突き落とされる。
ご都合主義の米国離れを意識の上で明確にしてゆく必要があるのではないだろうか?
”藪の中”大統領と”小さかった泉”首相の密室会談とその後の共同声明。
その時の両者の表情が注目されますね。
共損主義社会
投稿者:
GEN@食いしん坊
投稿日:2002年 2月18日(月)01時41分35秒
アメリカのハンバーガーは、日本のおにぎりに相当する食べ物ではないでしょうか。
悲しいことに、最近の日本ではコンビニおにぎりが主流になりつつあるようで、「手塩にかけた」おにぎりは衰退していっているような気がします。
ハンバーガーにしても、おにぎりにしても、圧倒的な資本力を持つごくごく少数の企業が幅をきかせる昨今。そして、パンや中身の具の組み合わせを消費者が選択できるシステムのサンドウィッチ店鋪が苦戦している日本。
均質性に重きを置く民族だというよりは、みんなで損を分かち合う社会構造なのではないか?などと思ってしまいます。
日本は世界一「共産主義」が発達した社会だと言われることがよくありますが、むしろ「共損社会」と言った方がいいのかなぁ。
マックの時代?
投稿者:
管理人
投稿日:2002年 2月10日(日)12時21分4秒
「2月14日にデフレは終わる。」と高々に宣言した藤田社長。
「当社は1995年から既にデフレ対策を始めていた。」とも。また「近い将来 マックってハンバーガーも売っていたのね。」と回顧されるような「アッと驚く仕掛けを用意している。」とも宣言した。「エブリデイ・マック」構想がそれである。(大前研一がバックアップ)。
既に圧倒的な店舗網・プライスリードとも業界基準の地位を確立したマック。
その資源を有効的に活用し、インターネット等の情報機器とリンクする「クリック&モルタル」型のeコマースビジネスのディフエクトスタンダードに化けようと画策している。
確かにそれはこれからの流れである事は間違えないと思う。私自身も数年前から「ネオスタンダード」をひとつのキーファクターとして捉えてきた。
私の職種の既存の流通(つまり花市場が中心の流通)が即ち「プレゼントスタンダード」。そこに”将来”を見出せなければ”対抗”するのではなく「ネオスタンダード」を”創造”するしか無いと思っている。
ただこの「エブリデイマック」が創造的だとは思えない。だから「?」である。
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